社内ブログとか社内SNSとか社内カレンダーとかのように、小さな閉じた社会の中でインターネットと同じ仕組みが必要になることがある。

最近必要性を感じているのが、社内WikiLeaksだ。

社内だし守秘義務もあるんだからそんなに隠さなきゃいけない情報なんてないんじゃないかと思いきや、無駄に波風を立てたくないなどといった曖昧な配慮のために、積極的に社内公開されない情報というのはたくさんある。
もし社内WikiLeaksがあったら、とりあえず最初にLeaksされるべきなのは全社員の給与の額だろう。

ある程度の規模の企業になると、お互いの給与の額は知らされないし,聞くべきでない、という文化があるのが普通らしい。文化ではなくマナーだと主張する者もいるが根拠は定かではない。(日本オンリーの現象な気もするがよく知らない。)

うちでも、誰がいくらもらっているのかは基本公開されていない。買収による合流や中途採用組が多いので、採用時点での事情や交渉次第でスタート地点がまちまちになる。そのため、公開してしまうと不公平感が抑えられないという配慮も一因になっているようだ。(公開してもしなくても不公平かどうかは変わらないと思うんだけどね...)
ちょっと検索してみても、こんなかんじこんなかんじで、給料の額を教え合うことについて否定的な意見が多いようだ。だがしかし、こういう時に「余計なトラブルを招くだけなので避けた方が良い」とか言い出す人は思考停止に陥っているか、変化を恐れる一心でとりあえず万能な言い訳に逃げているだけなんじゃないか。他人の給料をやっかむような人は、どうせ他人の肩書きやら持ち家やら結婚やらあらゆるものにやっかむものなので、給料の額だけ隠していてもなんの解決にもなりはしない。


従業員がお互いに給与の額を知らないことで得をするのは、経営者や、高い給与をもらっている上層の社員だけだ。

正直言うと、自分でも、積極的には自分の給与を公開したくはない。
マネージャの立場上、直属の人たちの給与だけは知らされている。例えば同じ仕事をしている人達に、自分が彼らよりX万円多くもらっていることがばれてしまうと、今後はX万円分プラスアルファの仕事を明確に期待されるだろう。だから避けたいというのが正直な気持ちであるし、同時にそれこそが、本来は公開されなければならない理由でもある。

社員同士が互いに評価し合う360度評価のシステムにおいても、「それはおいくらで請け負っている仕事なの?」というのが分からなければ、正当な評価を下すことは本来不可能なはずだ。

自分の給料の額が妥当なものかどうか相対的に判断する手段を奪われることで、誰が得をしてだれが損をしているのか。論理的に考えれば答えは明らかだろう。


とはいえ、いままで隠すことで絶妙なバランスを保っていたものを一気にひっくり返すという決断は、誰かひとりが負う荷としてはあまりに重すぎる。

上で触れたように、そもそもそういうことを決定できるポジションにいる人ほど公開のインセンティブが低い。しかも好都合なことに、本来メリットを享受する側の人たち自身が、マナーだとかタブーだとか言ってあまり公開を望んでいない。結局、なんだかんだと理由をつけて先送りにすることになる。

しかし、うちの例で言えば、そういったもろもろのバランスをとるためにジョブグレードの体制を一年がかりで整えてみたり、オンラインの給与明細にパスワードをかけるシステムに金をかけてみたりと、「配慮」のために費やされる時間や人的コストが垢のように溜まってしまっている気がする。 

ここでちゃぶ台返しのように社員全員の給与が公開されてしまったら、色々なものが一挙に楽になるんじゃないかと思うのだ。そして、
  • 本来は、公開されるべき情報である
  • ただ、その情報にアクセスがある人ほど公開のインセンティブが低く、逆に、公開によってメリットを受ける人ほど情報へのアクセスがない。
  • 情報を公開した人の匿名性の確保が重要
というような状況において一番適しているのがWikiLeaksのやり方なのかなと思った次第だ。

P2Pなどでもいいんだけど、最初の条件 (野方図なゴシップの場ではなく、「公開されるべき情報である」という判断が入るかどうか) がWikiLeaks的なシステムの特徴になるのかな。
じゃあ誰が判断するのか、その人が信頼出来る人なのか、というのが課題になるわけだけど。