日本では、あまりに暑いのでコンビニの冷凍庫に入っちゃいましたーって写真をアップしただけでえらいことになってるそうですな。

冷凍庫写真投稿の店再開断念、店員に賠償請求へ

んーそんな騒ぎになっちゃってたのか。
冷蔵庫に入って写真をアップする人達を見て最初に思ったのは、日本は暑いんだなぁ、というただの感想でした。
こっちは寒いので羨ましいくらいだよ。てかカリフォルニアってサンシャイン降り注ぐパラダイスじゃなかったのかよ (勝手な誤解)。なんで8月にもなって暖房いれなきゃならんわけ?


それはともかく、

これをきっかけに 「馬鹿が可視化される時代」とどう向き合うか、という問題提起があっていろいろ議論されてるけど、こう考えたらどうか。


「身近な馬鹿は迷惑極まりないけど、インターネットで無関係な遠くの馬鹿が可視化される分には、楽しくてオッケーなんじゃね?」


まじめに考えろと怒る前に、まず、これを見てほしい。



これ、vineで超人気の動画ですよ。
馬鹿なんでしょうか。ええ、馬鹿なんです。

日本だったら投稿してるのが従業員でもそうじゃなくても確実に炎上謝罪コースだよね。この男子共の勤め先なり学校なりが早々に晒され、苦情殺到なんじゃないだろうか。
でもこっちだと「vineの面白動画まとめ」 みたいなのにも組み込まれて殿堂入り。みんな回覧してゲラゲラ笑ってるだけ。

これ見たアメリカ在住の人達の感想もこんなかんじでした。






やっぱりこっちではアリらしいです。そうなんだw

※実際にはこっちでも、飛び散ったミルクが不衛生だとか食べものを祖末にするなとか、考えうるあらゆるパターンのコメントは一通り出る。出るんだけど、何故かその不満や怒りが雪だるま式には膨らまず、わはは馬鹿だこいつーみたいな脳天気な肯定が最終的に勝利するんだよね。日本では秩序を乱すことに対する恐れや怒りが、アメリカでは自分には直接関係ないや的な無責任さが、それぞれ大勢を決定するんだろう。



たとえばさ、今回、自分の生活圏とは全然無関係の都道府県での出来事なのに怒り心頭だった人達はさ、このアメリカの動画見てもケシカランって突撃するわけ?
いやたぶん、日本じゃなかったら、あるいは日本人じゃなかったら、途端に無関係に思えてどうでもよくなってしまうんじゃないかな。

けしからん!って憤るか、自分と無関係に感じるかの差は、「連帯意識」がどの範囲まで拡張できるか、の違いだと思う。

アメリカは、馬鹿の可視化に関しては日本の相当先を行っている。馬鹿可視化先進国と仮に呼ぼうか。

馬鹿が可視化され尽くした結果として、ここアメリカではその「連帯意識」が拡張しにくくなっているのではないか。逆に言えば、日本のようにパブリックな場所でかしこまる/取り繕うことを求められる社会では、馬鹿に対する許容性が低くなる上に、その浸透範囲が広くなりがちなのではないだろうか。




こちらでは、パブリックな場所で取り繕うっていう習慣が確実に日本より希薄だ。

例えば日本ではネットの実名/匿名問題がしばしば話題になるけど、アメリカ人はその点まるで無頓着だ。ジョンだとかデイブだとか特定性に欠ける本名ばかりなのが原因かとも思ったけど、どうもそれは本質ではないようだ。

インターネットのプライベートとパブリックの境界問題って、要するに、家の中だと思って無防備にくつろいでいるところが全世界に公開されちゃうようなあやうさだ。だけどこちらではみんな表でくつろいじゃってるのでギャップがそもそもないしピンと来ない。そんな感じ。

(それは接客業のマニュアルの不徹底やサービスの悪さにもつながっている一方で、たまに馬鹿な店員がいても予想の範囲内なので客もあまり動じないしブランドへの直撃力も低い、ということでもある。)

電車内では大声で電話するし、子供が泣いてても誰も気にしない。電話をマナーモードにするなんて発想はもちろんないし、歩道はだいたい横一列に広がって歩く。

子供の躾に「他人の迷惑を考えろ」って言い回し使うのかなぁ、こっちの人。




また、同じく最近話題になった「低学歴の世界と高学歴の世界という互いにまったく交わらない断絶した世界がある、という話とも少し関係がある。

この問題の可視化においても、アメリカは日本の遥か先に行っている。たぶん貧富の差や移民や人種といった複雑な事情によって、この社会階級の差は昔から無慈悲なまでに可視化されている。

車いすの人のためにドアを開けてあげ、向こうから歩いて来た人と進行方向が被ってしまったら必ずにこっと笑ってエクスキューズミーと言うような教養高めの人達のすぐ脇で、底辺な人達がバスの床に平気でゴミや食べ残しをぶちまけ、どうでもいいようなことで赤の他人に喧嘩を売ってる。そんな光景が日常としてある。



誰も自分の中の馬鹿をあまり取り繕っていないし、しかも馬鹿の底辺は日本のそれなど比べ物にならないぐらい深い深い奈落の底にある。

他人に対してあまり高い期待は抱かない。

そんな状況で、誰かがどっかのコンビニの冷蔵庫で寝てましたとかガロン入りの牛乳ぶちまけて遊んでましたなんて言われても、知らんがなとしか言いようがないんじゃないかな。けしからん!どこのコンビニだ!どこの生徒だ!いいつけてやる!なんていう発想にはどうやっても至らない気がする。



要するにですね、こういう海外の突き抜けた馬鹿をさんざ見て脱力しきったあとで、冷蔵庫に入ったコンビニ店員の写真などを見るとですね、まあその程度でそこまでいじめんといたり、とおおらかな気持になるわけですよ。

ふっと肩の力を抜いて空を見上げる、みたいな感じで、たまに馬鹿先進国アメリカを覗き見て一息入れる。そんな日があってもいいのではないですか。
(こっちは毎日だけどな!)