ディレクターズブログの企画のねとらじで15分ほど放談してきました。↓
livedoor ディレクターBlog2周年企画 ねとらじ生放送しました【音声データ有】 - livedoor ディレクターブログ
タイトルは釣りです。そんなに爆弾発言とかはないです。次からはもっと無責任にやりたいなっていう心構えのあらわれ。



ネットラジオって、ライブのみ、音声のみ、ていうところが特殊で、動画やテキストでは代用できない面白い使い方がもっともっとありそう。

今回は、後でも聞けるように音声ファイルを別途用意したけど、基本的には同じ時間を共有している人しか聞けない。この点が podcasting などと比べて一見短所のようにも見えるけど、「できない」という制限はかならずしも短所とは限らない。たとえば30daysは「30日しか見れない」ことが売りの写真共有サービスだし、SNSだって「友達しか見れない」ことが重要な機能のひとつだ。

「視覚情報が扱えない」→ 放送前に部屋の片付けや身支度をしなくてよい。運転中や仕事中でも気軽に聞ける。
「後にデータが残らない」→ 発言内容に責任を (そんなに) 持たなくてよい。「話題が風化する」ことを気にしなくてよい。

...という特性をうまく活かすなら、なにが適してるかな。



「発言内容に責任を持たなくてよい場」っていうのは、ソーシャルブックマークや魚拓やらで言質をとられ揚げ足をとられることに疲れてきているブロガーが、ゲリラ的に「やり逃げ」をする場として必要になってくるんじゃないかと思う。

今回のねとらじの放送内で、僕が

「あなたはアメリカ人なんですか ? 」
「そうです」


みたいな、ものすごくいい加減な受け答えをしている部分がある。あれはもちろん冗談だけど、それ以外に「俺今スゲー適当にしゃべってるからそのつもりで聞いて !」という意思表示の意味もあった。

夜寝る前に昼間交わした会話をふと思い出し、急に「あ ! もしかして俺がああ言ったの、全く逆の意味にとられてたんじゃ !? 」って気がついて悶絶することとか、誰でも日常的に経験すると思う。話言葉なんて、主語が途中で入れかわっていたり、文法的にグダグダだったり、前後のコンテクストで意味が変わったり、ちょうどいい語句が思いつかなくて変な言葉で代用していたり、およそ正確になにかを伝えるようには出来ていない。

(情報を伝達するメディアではなくて、雰囲気とか共同体意識とかをやりとりするためのメディアだよね。その点では、一般的に女性のほうが男性よりも話言葉の役割りをよく理解しているらしい。)

ブログだと、後で読み直して第三者にも分かるように推敲する、という作業が誰でも簡単にできるため、当然のその程度の作業をすることが書き手に求められる。

でも会話でそこまでのことができる人はあまりいないので、発信者が負うべき責任もそれに見合ったレベルまで軽減されるのが自然だと思う。
「○○や○○という意見があることもよく存じておりますし尊重しておりますが ... 」とか「今は確定的なことは申し上げられませんが仮に○○としますと ... 」とかいちいち前置きが入るトークなんか聞きたくもないでしょう w

「ネットラジオで発言した内容は、後でほじくりかえさない、言質をとらない、法廷で証拠として採用しない」みたいな不文律ができていると、いい「場」になるんじゃないかと思った。