日曜日、Van Nessの大通り(※1) をふらふらと歩いていると、黒いSUVが横に止まって男性二人組に声をかけられた。空港までの道が分からない、教えてくれと言う。

教えてやると、運転席の男が強めのイタリア訛りでさらにこう言う。


自分はアルマーニに勤めてて、新製品の仕事でサンフランシスコに来た。アルマーニ知ってるデショ?こっちは(助手席のイケメンを指して)専属モデルのアントニオ(←名前忘れた。そんな感じのイタリアっぽいやつ)。チャーオ。今日はとても親切にしてくれたからプレゼントあげるよ。


このあたりで、僕の目の前の二人組は、実は道に迷って困っているイタリア人ではなくて、アルマーニの従業員と路上詐欺師の量子的重ね合わせ状態にあることが判明する。


これからイタリア帰るんだけど新商品のサンプルが余って困ってる。これもって出国すると税金が高つく。親切にしてくれたからこれアゲル。本物の皮のジャケットだよ?

(手際良すぎるタイミングでライターを手渡す助手席の「専属モデル」。そのライターでジャケットを軽く炙ってみせ、ほら本物だろ?とたたみかける運転席の男。)

コレ全部で千ドル以上するよ?だから、このセーターのお金だけ払ってくれ。そしたらこの皮ジャケット3着全部あげるし。


二人のイタリア人の量子的重ね合わせは、たちまち路上詐欺師へと収束したのだった。
瞬間とても重い気分に襲われる。なんだよ、異国で困ってる観光客だと思って親切にしたのに、さてはこっちのことをカモとしてしか見てなかったな。
わざわざ iPhone ひっぱりだして高速への道順説明して、しかもイタリアから来たっていうから、イタリアかぁ、昔行ったよ、良い国だね!とか愛想ふりまいてやったのにまるで聞いてなかったんだろお前。

でも一応、本当に当座の現金がなくて困っているアルマーニの営業さんである一抹の可能性にも考慮し、「いや俺、服装に気を使うタイプじゃないし。現金なんて持ち歩かないし。ほら、そんなことより飛行機の時間あるんだろ、早く行きなよ!」ってにこやかに送り出すシナリオに徹する。

いくらでもいいから!財布に今いくらあるの!え、そんだけ!(←失礼) じゃATM行ったらいくら出せるアルカ!と、だんだん必死さが増してアルマーニっぽさを見失ったあたりで諦めがついたらしい。黒のSUVは走り去り、せっかく教えてやった空港への道とは違う方へ曲がって消えた。



帰ってから調べてみると、やはりこれはクラシックな手口らしくて、日本でも時計バージョンの手口などが昔から存在するようだ。

そして今回のアルマーニのバージョンと細部までそっくりなものが、ここ2,3年カナダ〜アメリカで目撃されている様子。しかもお金を払ってる人も結構いる。フェイクと分かっていても、安いからいいやって買っちゃう人もいるみたい。

youtubeにも動画があがっていたけど、今回の二人組とは違う人だった。でも設定はそっくりだし、航空券とか、(今回は出てこなかったけど)アルマーニの名刺とか、小道具がやたら充実しているあたり、どうも組織的に行なわれているっぽい。

こういう路上詐欺用のパッケージを売っている元締めがいるんだろうか。実行犯達はその元締めから、小芝居のスクリプト、小道具の航空券や名刺、偽ブランド商品などをまず買い取り、それから路上に出て自ら資金を回収する仕組みなのかな?
イタリア訛りの真似のコツを書いた冊子とかも付いてくるに違いない。

そして、助手席に座っていたイケメンモデルもパッケージの有料オブションだったのかも。
モデルっぽい男を隣に乗せてれば、コストは余分にかかるけどストーリーの信憑性は上がる。実際、「モデル」の彼は全くトークに参加しなかった。(一度「飛行機の時間大丈夫なの?」と話を振ったのだけど、「英語シャベレナイ」と言って黙ってしまった。)

二人組に見えたけど、あれは実は運転席のおっさん一人の孤独な戦場だったのかな。そう考えるとちょっと切ない。



だいたいあれで一人からいくらぐらい貰えれば元が取れるんだろう。
こっちでは買い物はクレジットカードが基本なので、(移民系の店とかマーケットで使う時用の小額紙幣を除けば) 何百ドルも財布に常備している人は少ないのでは。でも、いくらコピー商品とはいえ、百ドル単位で売れないとつらいよねぇ。ATMまで行かせる気も満々だったようだけど、それはハードルが一段高そうだし。

あと、サンフランシスコってファッションに敏感な人ってそんなに多くないような印象がある。日本の渋谷近辺を歩くのと比べて、服装に気を使ってる人を見かける率がとても低い。アルマーニなんてブランド名に反応する人そんなにいるのかな?

それに、ビーガンとか、動物虐待に敏感な人も多い場所柄なので、本物の皮はかえって売れないかもよ?ふつうにフェークとして道端で売った方が利益率良かったりしないだろうか‥

(しかし、やっぱ強盗が一番てっとり早いじゃんって結論になっても困るので、現状ゆるーく需要供給が成り立っているのならこれはこれでいいのかなぁと思ったりもした。)


※1 特に小洒落てるわけでもない、なんの変哲もない大通り。まっすぐ南下すると空港。